2008年 11月 05日
私にとってのG1のEVF雑感
  E-330を発売同時に買い、E-420のライブビューでティルトしないのが不満な私であるから、現行のE-3でもライブビューは比較的よく使う。あって良かったと思っている方だ。だから、G1のEVFも気になるのは見えぐらいであった。まあEVFとライブビューにそんな違いはないと思っていた。が、私はG1のEVFにライブビューの時には感じなかった違和感を感じたのだ。多分私がレガシーな人間であるのか、はたまた少々変わっているおじさんというだけなのかもしれないが、、




   ここで、EVFをのぞきながらファインダーを横に振ると残像感が出るとか見えのキレがどうだとかそういう事を言うつもりはない。そういうことはライブビューを見ている時もあることだ。いや、正確に言うならもしEVFに欠点、特徴があるとしたら同様のことはライブビュー上においても起きている。(注ここで言うライブビューとは背面液晶ビューの意味である。)


   最初、2,3のカメラ店でいじっていた時にそれは感じたのだが自分でも確とした理由がわからなかった。先日、クライアントに行く途上にあるカメラ店にG1が置かれてあって時折立ち寄って顔見知りになっていたことからじっくりとのぞかせてもらった時にはたと気付いたのだ。(注、勤務中になぜそのような時間があったのかという突っ込みはこの際ご容赦頂きたい。)

   結論から言うと、G1のEVFで見ている時ファインダー画像は限りなく撮影画像に近く暗いところも見やすく見える。ライブビューでも同じなのだがこれが便利は便利であるものの私にとっては少々困ったなと言う問題になってしまうのだ。例えば、全てJpeg撮りであるならまた別の話になるのかもしれないが、DSLRではraw現像をしたいというような私には困ってしまうことなのである。

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  例えば、私がよく撮るシチュエーションに林の中で逆光で光っている面白い葉っぱや鼻を見つけて撮るなというものがある。ぱっと見た時は、薄暗がりの中で木々の枝などがもわもわっと重なり合っているところに緑がぽつんぽつんと映えているように見えるわけである。それを見つけるとおもむろにレンズを向けファインダーで除くわけである。ぱっと見ていた印象の中に四角のフレームが入るとまた印象も変わるが、それを見てまあ、シャッターを押すわけである。

  この時、目で見たとおり撮れるというのは無いものである。大体オートでやると目で見ていた印象よりも画面はうんと明るくなってしまって、イメージと異なる。かといってぽつんぽつんと見える緑の葉っぱを適正露出などにすると、他が真っ暗になってしまう。曇天の日でも無い限り屋外というのは存外、輝度差のあるものであっち立てればこっちたたずと言うのが意外と多いものだ。大体は、慣れていると勘露出補正で一つ二つ押さえ、念のために再生してみたりしてまあとりあえず、イメージに近そうなものを「捕獲」しておくといった案配である。

  「だから、Hiroさん、EVFなら、その大体よさそうなのはこれじゃないか?というのを身ながら設定できるんだから良いんじゃない。無駄打ちや押さえもいらなくなるんだから」と言われてみればその通りである。実際ライブビューの時はそれに近いものがある。では何が不満なのか?

  ライブビューの時は大体私はウエストレベルか、もう少し下に構えなければいけない時にこれを使う。しかして、画面を見てフレーミングをしつつ、その実時折ちらちらと被写体の方を肉眼でも見る。もしくは顔の前あたりの時は液晶越しに被写体の方もちら見をする。光学ファインダーの場合は、常時レンズ越しではあるが被写体を直に見ていることになる。(撮った後再生では見るが、、)つまり、ライブビューでも光学ファインダーでも撮影中に私は肉眼で被写体を見ているのだが、EVFになってしまうと、常時それは極論すれば「出来上がり画像」を見る形になってしまう。これが私には少々困るのである。なぜ、困るのか?これは有り体に言って私の腕のなさに起因するため、少々恥ずかしい話になるのだが、、

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  撮って帰った後、私はこれを家のPCでraw現像する。その際に、私の中に「あるべき理想のイメージ」とか、「こう言う時にはこういう色合いがベスト」と言ったものがあるわけでもない。そもそも現実と離れたそういう「私の勝手な理想のようなもの」を持っていじいじるほど、却ってしょうもないものになってしまうという想いがある。(実際、そうなる。)それよりかその時それを見つけた時の色、感じ、何でそれのどこがおもしろかったのかを一生懸命思い出しながら、まああれでもあれこれやっているわけである。自分にセンスがあるわけではないし、そういうお勉強をしたわけでもない我流のおやじであるから敢えてお手本とするのはそこにあった葉っぱや、雰囲気そのものである。

  従って、そこで撮影しつつも、なるだけその場の生、目で見た印象なりを記憶にとどめておきたいと言うのがあるのだ。ライブビューの場合はその画面を見て実物を見てと言うのが視線異動だけで出来る。(実際私は、ライブビューで枝の中に突っ込んで撮った後、頭を枝の中に突っ込んで改めて見ることもある。馬鹿みたいだけど、、)光学ファインダーの時は生をみながらであるから、あまり考えることはない。ただ、これは私特有の話かもしれない。結局私はEVFで見てそれが見やすい画像として視認出来たとしても、それが俺が目で見た時と同じ感じかというのが気になり結局ファインダーから目を離して見たりしてライブビューと同じ使い方になってしまう。そうなるといちいち目を離してみないといけないEVFの方が面倒になってしまうというからだ。

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  結局、目で見えた通りのものを画像にするならその場で見ながら補正することが一番良いだろうという考えもわからなくもないのだが、そもそも目でよおくファインダーに見えているフレーミングの「ナマ」を焼き付けないことには、そもそも目で見えたとおり(正確に言えば目で見て撮りたいと思ったもの)が記憶出来ないのである。その記憶から、イメージなりがふくらむ、いやこれはカッコつけすぎた(笑)それからしかイメージのふくらましようが無い私としてはこれがどうかなあと言う感じだ。これが、そういううるさいことをいわない仕事や飲み会のスナップ様であるとか、或いは、そもそもそういうこと以前に「撮れなきゃ意味無いだろう」という街撮りやD-LUXでプラプラ取りする時は構わないのだが、ケースバイケースというものであろう。しかし、これならそもそもEVFがいらない。しかして、今、自分がメインでDSLRで楽しみとして撮っている部分においては、ちょっと違うなと言う気がしたからだ。

  
  何か、うまく伝わらないけれどやはり撮影中もそのフレーミングの瞬間や場の雰囲気をナマで見ておく時間を少しでも欲しい私にとっては少々EVFは鍛錬が必要であるかなと思ったのだ。そう言う意味では、男前一眼などもやはりコンセプトとしてはEVFは必要だろうといういことで搭載しているが、個人的には意外と単焦点などを付けたら(多少フレーミングがいい加減でも)適当に焦点距離のあるフィルムカメラの外付けファインダーで撮ってしまうかなとか思ったりもしている。(もしくは次善の策として液晶ビューオンリー)まあ、別にEVFを使わずに液晶ビューで使えば良い話ではあるのだが、、まとまりのない文章になってしまったがこの辺がもうひとつG1に萌えしなかった理由かもしれない。

  
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by Hiro_Sakae | 2008-11-05 23:47 | 雑記諸々


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