2005年 06月 26日
きれいなお花をモノクロで撮る意味って、、
ここのところ、クラシックレンズを楽しむ一環で紫陽花等をモノクロで撮った画像をアップしたところ、Rikoさんのブログや、Xoanonさんのブログでも、モノクロの作品をアップされた。(正直、こういうのでしかもご両人の方がうまいので、めちゃきついです~(苦笑))

こういう時は、これに対応してなどと正攻法で行くのでなく、蘊蓄話で煙を巻くというのがまあおじの余裕?と言うところであろう。






そもそもは、全く思いつきというわけでもなく、花の写真集や本のようなものを私のようなおじでも見ることがある。(カメラ本ばかりでは無いのである(苦笑))その内の一冊で、最近Amazonで購入したものにWilliam.A.EwingのFlora Photographica(Masterpieces of Flower Photography)と言う本があった。1835年以降の花の写真についてカテゴリー毎に歴史と多くの作品が載せられている。

それまでにも、昔から好きだった木原和人さんの写真集他いくつか下世話なハウツー本まで含めて眺めてはいたが、メープルソープのFlowersを見た時ぐらいの大きな発見があった。ここで、それをうだうだ書いていると非常に冗長になるしまた、これらの頭でわかったことと実際に自分が出来ていることの現実にもう嫌になってしまうだけであるので、ここでは一つだけ書くことにする。それが、このモノクロである。

今では、モノクロというのは完全に一つの写真独特の表現手段と言うことになっているが、当たり前だが昔はモノクロしか無いという時代があった。この本で花写真の始点である1835年からなどと考えると、むしろカラーで表現できるようになった方が最近であるとも言えるだろう。

上記の本のカテゴリーで言う、鉢植えや花瓶に植わった花々の写真の「Bloom」、本来学術調査用の「Enquiery」、またいわゆる花だけや、一部をマクロレンズで撮ったような「Essece」が比較的花写真として通常我々が撮る写真に近いものがあるが、これらのモノクロがとても素晴らしい出来なのである。

何れも、またそれ以外のカテゴリーでもカラー時代以降でもモノクロ作品でここに紹介されておりそれはそれですばらしいのであるが、上記のようなものはカラー時代以降はやはり代表作はカラーで撮られているものが殆どである。

常識的にはカラーの方が特に花で花瓶に咲き乱れる花や、厳密な標本、アブストラクト的なマクロとなればカラー登場後の作品が圧倒的に素晴らしいはずなのであるが、そこに出ているモノクロ作品もそれらと全く遜色ない美しさを感じさせるのである。

子細に見れば、特に学術調査用に限らず、きっちり絞って細密に描写しておりぼけ味なんていうのは皆無である。(余談であるが、メイプルソープの写真もそうであるが、欧米の花写真は多種多様あるが総じて日本の様なぼけ味を活かすというのが驚くほど少ない。花自体はきっちり細密に写し込んでいる)

しかも、行ってみれば光の陰影一本での表現でみずみずしさや、ひまわりの花びらはそれなりに黄色が濃くて、はああ、日差しが強そうだななんていうのが伝わってくるのである。黄色は自分の頭でイメージするわけであるから、これはどんなにきれいに撮った黄色より私のイメージの黄色にフィットするわけで(当たり前か?)花=色・色彩=カラーが王道というのでは無いんだなと改めて感じたものである。
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by Hiro_Sakae | 2005-06-26 22:09 | その他写真関連


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