2005年 10月 08日
「米谷美久と語る」に参加→E-systemに関すること
今日から、オリンパス本社では定員制でE-500の体験講座が始まったが、東京、大阪では1回当たり10人で米谷さんを囲んでフリートークという催しが実施された。今回抽選に当たったため、参加してきた。その中身は、



当然、参加者はOMファンでOMを持ってきていなかったのは私を含めて3人ぐらいだった。色々裏話等もあり、本当に小会議室の円卓で式次第もなく、いきなりユーザーからの質問に答えて、話が変わっていくというフリートークで面白かった。

ここで裏話をあれこれ書くと言うのも何なので、フォーサーズ、デジタル絡みで米谷さんが話されたことを話したい。(尤も、その中で、全く脱線した際にオリンパスのカメラ技術者のポリシーの様なものに触れる興味深いエピソードを披瀝された。これに関しては整理してまた別に紹介したい)

さて、フォーサーズシステムに関することは何となく、聞きづらいというのもあり案の定最初にフォーサーズのCCDサイズ等の話題から質問が飛んだ時には、横にいた社員の方が話を引き取り「今日は米谷氏の開発秘話を中心に、、」と言われた。

ところが、そのやりとりをにこやかに聞いておられた米谷さんがお構いなく、
「カメラがどうこうという前に、先ず良い写真を撮るためには、、目的はあくまで(カメラがでなく)写真ですよ」と言われた後で、
・オリンパスは、35ミリの小型カメラのデジタル一眼レフを作ろうと思った。
・他社さんは、既に一眼レフシステムが現役であったが、オリンパスは無かったので一から設計した。
・テレセントリック等を考えて、あの大きさになったが、問題は結果としてのCCDの大きさでなく、出来上がったもので良い写真が撮れるかどうかということで、これはこれでこれからの時代を考えて良いのではと思う。
と言うことだった。米谷さん自身はCCDのサイズもさることながら交換レンズ式である以上ダストリダクションが「これは、本当にねえ、使ってみないとわからないんだけど、これがあるのは本当にありがたい」と言われていた。

私は、その流れを受ける形で、
「OMの本来の基本思想、1ユニット1機能でニーズに合わせ様々なユニットに変化するという意味では、メカニカルの制約を受けざるを得なかったOM時代より、むしろE-systemでこそ思想を受け継ぐべきでは無いか」
と質問をしたが、米谷さんはうんうんとうなずきながらも、照れた様な、苦笑した様な笑いをされた。

要約すると、
・OMシステムはたまたま、開発が間に合わず35ミリで世に出てだーっと走った。
・フィルムをCCDに置き換えれば、デジタルバックの様な発想もあり得た。
・銀塩、デジタルとか関係ない。
として、
・おっしゃる様にユニットを細分化するほど、各ユニットの当時はメカニカルな連結がネックとなたが、今は電子端子ですむ話であり、ユニット化(するというOMシステムの根本)思想はデジタル化された方がやりやすいというのは、ありうる
とのお話だった。

終始和やかな雰囲気で終わり、最後に今回は特別にと言うことで米谷さんがサインをしてくれることになった。本等への署名は、愛用の筆ペンで署名し印鑑を押し、また伝説のダイヤモンドペンを持ってこられていた。

私は、OMファンのバイブルと言うべき非売品のOMレンズブックに署名をもらい、社員の方は「???」と言う顔をされたが、思い切って、E-300のトッププレートにダイヤモンドペンでのサインをお願いした。案の定、米谷さんは、「これは、僕が作ったカメラじゃあないけどなあ」と言われたので「失礼なのは承知なのですが、去年OMから乗り換えまして、、、」と言ったら、笑いながら、「この辺でいいかい」と言って、トッププレートに「Y.Maitani」のサインをして頂いた。

多分、米谷さんのサインの入ったPen,OMはあるだろうが、E-300は始めてだと思う。とても嬉しかった。
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by Hiro_Sakae | 2005-10-08 15:08 | E,Pen-system関係


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