2007年 04月 11日
続PENTAX騒動 カメラはただの機械か?
 ペンタックスと、HOYAの去就も合併を退けつつも、統合自体のテーブルからは下りないと言うペンタックス側の発言により第二幕、いよいよここからが本当の正念場、駆け引きの始まりだろう。個人的には、Pentaxのカメラ部門とブランドが何らかの形で存続できる着地をしてもらえることを望むが、、




 すいません。若干記憶に頼り勢いで書くので細かい部分で不実記載があったらご容赦頂きたい。

 昨日、書いた様にこのDSLRへの以降の中でそれまで、一眼レフ4大ブランドと言われたミノルタのブランドが消え、今回展開によってはペンタックスブランドが消えるかもしれない状態になっている。ブランドに貴賤はないだろうが、この国産一眼レフ4大メーカーの一角であり、レンジファインダーを最高機種の座から引きずりおろし、今に続く一眼レフの実質的始祖としてのペンタックスブランドは日本のカメラブランドの中でも一級品の部類に入ると思うのである。

 この手の大手カメラメーカーの淘汰を考えると1960年代に日本にカメラ生産国トップの座を明け渡し、凋落していったカメラ生産国の先輩、独逸のブランドを思い出すのだ。

 当時独逸にもあまたカメラメーカーがあったが、今日のペンタックス或いは、キヤノン等の主要メーカーに匹敵するものと言えば、やはり、ライカ、ツァイスイコン、フォクトレンダー、ローライ或いはレンズではシュナイダー等が思い浮かぶ。カメラ市場の占有率、或いはこれらの生産額と言った数値的なものでは、これらメーカーが市場における位置づけというのはとうの昔に終焉していると言っても過言ではない。事実、母体としてカールツァイスが営々と光学の巨人として君臨している以外の上に上げたライカ、フォクトレンダー、ローライ、シュナイダーは何れも倒産、吸収合併、実質的解散等を(それも会社によっては一度ならず二度、三度)経験している。

 では、今これらの会社のブランドは消滅したのか?否である。ライカは我らがフォーサーズにも新たなSummiluxとして登場している。ツァイスは、カメラのツァイスイコンがまさかの復活を遂げただけでなく、今やレンズはニコン、ソニーと大手2社のDSLRに供給している。フォクトレンダーもコシナに復活して貰い、ローライも健在である。彼らは一度ならず、二度、三度法人として「死んでいるのにである」

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 先ずライカは、危機に瀕するたびに新たなスポンサーが現れそのスポンサーは必ずしも光学関係の会社というわけでなかったが、何れもライカにライカとして生きる道を選ばせた。フォクトレンダーも不死鳥の様な復活が出来たのも、カメラ事業がツァイス併合他紆余曲折の上実質的に幕を閉じる時もそのブランドに関しては独の某社がその権利を温存しておいたからである。また、ローライに至ってはこれまた紆余曲折の上、1980年代に入り韓国サムスン社の傘下に入るが、その後独逸資本に復している。この際には、ローライの本拠であるブラウンシュバイクのある州政府だか、地方自治体が出資をしてまで買い戻したものである。またこのサムスンへローライが併合される直前に当時ローライ傘下にあったシュナイダーは出資者を得て今で言うスピンオフの様な形で独逸メーカーとして生き残るとこんな感じである。(実際には、この独逸のメーカーは、まるぢ近親婚を繰り返すかの様にくっついていくのだがその辺は略)

 その時々に現れる出資者は、同業、全くの異業種、ローライの様な政府系、或いは今で言うファンドに近いものであるが、独逸のいや、欧州のこれら栄枯盛衰に関わった投資家達は(一時ローライがサムスン傘下になった時を別にすれば)少なくとも、これら「独逸カメラの一時代を築いたブランド(メーカー)たち」にはカメラ(もしくはレンズ)メーカーとして存続させる道を選ばせた形である。

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 ライカなどは、去年も色々再建策が取りざたされたし、それらの実名をあれこれ書くことはしないが、では、このカメラメーカー達の合従連衡に関わった、欧州のコングロマリット、投資家、当然それらをアレンジメントした投資銀行のメンバー、或いはそうして残ったブランドを営々と購入し支援するユーザー、もっと言えばそういう行動、思想というものは「合理的な経済下ではクレイジーとしか考えられないばかげた行動」或いは、「欧州の(米国流を先進とすれば)いささか時代錯誤的なセンチメンタリズム」と片づけられるのかと言うことである。

 勿論、欧州とて血で血を洗う会社存続劇は本場であろうし、むしろ交渉に置ける手練主管、老獪ぶりはここがいちばん、アングロサクソン的かもしれない。しかし、私はカメラファンとして、やはりこの金属カメラ以降のカメラ、どこからどう見ても工業製品の固まりでありながら、人に生き様、記憶と密接に絡む写真を通じて感じる「なまもの」的工芸品、そしてそれを作ってきたメーカー、ブランドに対して、たんなる工業製品のトレードマークとは違う何かがある様に感じるのである。

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 既に、産業としては終焉したも同然の細々とした生産額に数十年前になりながらも、少なくとも当時のメジャーブランドは営々とカメラファンの中に残り且つ現存する製品として命脈を維持し続ける独逸。(経営母体がころころと変遷したにもかかわらずである。)
 一方で、今正にDSLRと言う檜舞台で営業をし、且つブランドを維持しようと思っているにもかかわらず場合によっては命運が尽きようとしているPentax。確かに、アナログ→デジタルへと言う正常進化はいずれカメラも経験せねばならず、そして新しい市場では新しい参加者がいれば退場者も居るのも理解できる。

 しかし、私は、カメラバカの情緒的戯言と言われるかもしれないが敢えて言いたい。日本のSLR主要メーカー、ブランドと言うのは、日本のみのブランドでなく世界のカメラの頂点に立つブランドである。フィルム一眼の4大メーカー、キヤノン、ニコン、ミノルタ、ペンタックスである。確かに、SLRをここまで作り込んだのも日本メーカーなら、DSLRへ進化させているのも日本メーカーである。しかし、その中で下手をすれば、カメラファンの共有財産とも言うべきブランド4つの内二つを葬り去って良いのか?ブランド、歴史を含むカメラという文化と捉えた時、そこまでの犠牲を払ってすべき事なのかと言うのが正直どうしても腑に落ちないのである。

 まして、本当に悲観的なケース、Pentaxの灯が消えるという結論になった時にそれが他国の企業に買収されるならまだしも、このブランドをはぐくんだ同じ国のそれも同じ光学メーカーがとなると、将来悔いることは無いのかと思う。

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 ここは、オリンパスのズイコーのブログで、私自身はペンタックスを愛用したことは無い。内容的にもこのブログにはそぐわないかもしれないが、今回は私のわがままと言うことで書かせて頂いた。とにもかくにも、ペンタックスにとって納得のいく形への展開を見守りたい。
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by hiro_sakae | 2007-04-11 00:46 | 雑記諸々


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