2008年 05月 19日
E-420、520のカタログから派生した、、
とりとめない与太話である。スペック云々の話は出てこないので敢えて雑記とした。ズイコークラブに登録している人にはフォトフェスタの案内がいつものオリンパスのブルー一色の封筒に入ってきたことだろう、、




  新製品のリリースがあり、程なくするとオリンパスからいつもこういう催しの封筒が来る。買う気がなくても何となくよおしと思ってしまうものだ。本当馬鹿だなあとつくづく思ってしまう。しかし嬉しいものは嬉しい。今回はE-520の発表会ではあるけれでも催し自体は、フォトフェスタと銘打ってE-3以降の、E-420,520も勢揃いしてお祭りの様な企画だ。

  「新製品体感フェア」の方にもオリンパスフォトフェスタの方にも「Spring-Summer 2008」とわざわざ書いてある。今年のオリンパスの勢いを見ていると私などはそう言う以上は半年後には秋冬版があるのかなあと勝手に期待してしまっている。(笑)また、封筒の中にE-420,E-520のカタログが両方入っていた。そしてそれを見て、うーむ、おやっと思ったことがあった。

  作例写真の調子はE-3等と打って変わって去年のE-410同様いわゆるネガ風の写真である。微妙に去年のE-410とも違う。オリンパスも言っているとおりE-410で登場したTruePic3による絵作りをE-3でオリはまた少し変えた。それを継承しているとも言え、この感じはその中でもNaturalの感じだろう。とは言えJpegでNaturalでぽおんと撮っても毎回毎回こんな風な感じに出るわけでもないが、Naturalの雰囲気は出ていると思う。

  特にE-420になって、ダイナミックレンジがE-3並に拡大されただけでなく全体的にデフォルトだとE-410よりも明るい目の感じで画像が出てくるように感じる。彩度は同じ設定だとちょい薄目という感じだろうか。尤もこってりはっきりが良ければVividに設定すればよい。VividやFlatはオリは何だかんだ言いながらもE-1以来のあの感じを研究しているようでこの辺のKodakセンサーからのユーザーにも違和感も一時より随分無い感じに仕上げてきていると思う。Naturalはそう言う意味では第二章になって新たに加わったオリの調子とも言える。

  とどうでも良いことを思いつつ、E-520のカタログを見て気になったのはE-520本体とレンズを写した写真だ。そこに写っているのはE-520なのだが醸し出す雰囲気に懐かしさを感じた。勿論E-520のシェイプがE-420同様OMをイメージさせるとかそういうものではない。写真から漂ってくる感じがである。念のために去年のE-3やE-510のボディを写した写真を見て違いを確認し、おおっと思ってあるものを引っ張り出して見て合点がいった。

  この最近のカメラボディの写真としては、ややアンバーがかったグレーバックの印刷の関係だろうか精細な描写とも言えないこの写真の色調は、私が手元に持っているOM時代の交換レンズカタログに出てくるOMのボディ、レンズを撮影したカタログ写真の調子と非常によく似ているのだ。最近の言葉で言えば、「昭和の」OMのカタログにあったような調子だ。バックがグレーなのだが、いわゆる完全な無彩色ではない。本来の最近の感じだともっと無彩色のバックに、バックのレンズ等にもびじっとピンの来たメカのカタログっぽい硬質な感じが出ても良さそうなのに、そうでないこの調子と微妙なゆるさが何となく、昭和のカメラ少年にはうーむと見入ってしまうものがあったのだ。上記の作例もNatural風だがポット出しでああいう感じに全部なるわけでないというのと同様にこのボディ写真も仕事がしてあるのかなあと思った。

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  今回のフォトフェスタには、PhatPHOTOのテラウチさんも来られるようだ。実は私はこの雑誌が好きで良く読んでいる。どちらかというと若い方向けで、且つ何となくプロになりたい人向けの雰囲気が漂っている。ここでも紹介したかつてのペンタックスの早水優のCMのキャッチコピーではないが、「君が大人になっている頃、僕はプロになっているかもしれない」のあの雰囲気が感じられるところか。後はそこに出てくる写真に対するインタビューや、フォトコン企画の応募作品に対するそれぞれのプロの方の言われていることが興味深い。

  皆さん名の知れた最近売れっ子の方が出てくるのでその方々自身と、作品から出てくる今風のイメージと裏腹に議論や意見が極めて硬派かつ真面目であるのでそのギャップが「こいつらほんまに見た目ちゃらちゃらの人でもきっちり職人だなあ」と感心してしまう。経歴等を見れば皆私から見れば若い方ばかりだが、こういう何と言うんだろうか見た目軟派で、実は硬派でクールというのはかっこいいと思う。出てくる写真の雰囲気も好みだ。「Hiroさん、好みってHiroさんの撮っているの全然違うじゃん」と言われる方もいらっしゃる方もしれない。何というか、好みの女優、タレントさんの話をした時に、「それって、でも彼女と全然タイプ違うじゃん」と言うことを「あからさまに言ってはいけない」というのと同じである、これはこれ、それはそれ、まあ大人の気遣いとしてここは軽く受け流して欲しい。(笑)

  脱線ついでに、こんな私でも教則本の類はあまりよまないものの写真集の様なものは時折買い求める。最近は都心の書店だと椅子とかが置いてあってそこでじっくり見たり出来るが一部は封入してあったりして読めなかったり、家でじっくり見たいなあと思うものがあるからだ。(写真、カメラ好きと言いながら機材以外の投資には非常にせこくなってしまう。いけないことである。)最近そんな私が買ったのは、荒木克己さんの「花の小宇宙」という本だ。EpsonImaging大賞をとられているこの方は元々は映像作家が本業で、ここに出てくる花々の標本のような写真は全部スキャナで直に撮影されたものである。

  日本で花でマクロとなると多くはぼけを多用した写真になり且つ一般的なイメージも何となく大きく花をクローズアップし、花そのものというより抽象的なオブジェを見るようなものが少なくない。もしくは前後を大きくぼけさせてそれらも一つの絵として見せるものだ。しかし、本来花のクローズアップ写真の黎明期というものは純粋に学術的でもっと写実的なものであった。レンズや機材の進歩と共に花開いた1920年代にこのクローズアップ写真もカメラが新たに切り開いた世界として進歩するのだが、精神的にはその頃興隆する報道写真等と根っこは同じで旧来の絵画模倣の芸術写真とは一線を画すカメラ本来の写実性をもっと追求していたような気がするのだ。

 そう言う意味で、とかく前ぼけ後ろぼけなどいいながらあれこれ撮っている私には無造作にスキャナでライフサイズからもっと拡大したものまでただただ克明に文字通り「写し取った」これらの草花のディテイル、これら自身が持つ美しさ、不思議さをぽおんと投げ出されたものにぐぐっと来たのだ。やはり写真というものは奥深いし、また世の中すごいものがあるものだと思ってしまった。

 と書き出すと、止まらなくなってしまうのでこの辺でやめておく。しかし、カメラはカメラで持って良し、愛でて良し、撮って良しと色々楽しめる上に、撮った写真や、他人の写真を見る楽しみもある。これにそれぞれカメラ、レンズや写真の興味を持ったものの歴史や背景などと言うと無限の広がりを持つものだ。面白いものである。
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by Hiro_Sakae | 2008-05-19 00:07 | 雑記諸々


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