2005年 02月 01日
ズイコーデジタルの新レンズの噂で考えること
フォーサーズ情報局の情報によると、ズイコーの新レンズの噂がある様で、レンズは、「14-35mm(28-70mm相当) F2.0」「35-100mm(70-200mm相当) F2.0」「90-250mm(180-500mm相当) F2.8」の3本であるようだ。

他にも、ボディがいくつか発表される様である。ネットの色々な板でも噂になっている様であるが、オリンパスが、E-systemを立ち上げたときレンズに関するメリットとして、同じ画角であれば、焦点距離が半分ですむ分小型に出来る他、大きさを半分にしないのであれば、1段程度明るくすることが出来ると言う様な記載があった様に記憶している。

今回のF2.0ラインは、この明るさへの挑戦ではないだろうか?他社のズームレンズがおしなべて2.8ライン止まりであるところに思い切って28ミリから200ミリをF2.0通しで行くという形である。

想像するに大きさ的には、他社の同焦点クラスのフラッグシップレンズ程度には大きくなるのかもしれない。値段も同程度ぐらいにはいくのであろう。

オリンパスのこのフォーサーズの可能性のフロントエンドを拡大していくレンズ群を称して高すぎるなどと、言う輩が言うが、たとえば、ニコンのDXレンズ群と比べてはいかがか?

他社の銀塩一眼レフ時代からのレンズと比較するのはナンセンスである。フォーサーズとは言わない。せめて各社のデジタル一眼にフォーカスした専用レンズと比べないと価格の高低は論じられないだろう。

また、ラインナップに関しても、少し古くなるが2004年10月現在でアナウンス分も含めるとデジタル専用レンズはズイコーが9本に対し、ニコンのDXは4本、キャノンのEF-Sは3本である。

今、フォーサーズ、ズイコーの立ち上がり、姿勢に批判的な論陣を張る方の多くはすでに銀塩一眼レフの資産を持っておられる方が多い。
しかし、これから全く初めて、デジタル一眼レフで一眼レフデビューをし、全く初めてレンズを揃えていく人にすれば、そのフォーマットはキャノンのEOSのフラッグシップを初心者でいきなり買うという人をのぞけば、おそらくAPS-Cフォーマットか、オリンパスのフォーサーズであろう。

この二つのフォーマットで比較する部分においては、銀塩35ミリのフォーマットほどの面積の乖離も無く、かたや、良くも悪くもこのフォーマットにコミットし9本揃っているフォーサーズと、現状のフォーマットにコミットしこれに最適なレンズを供給するのか、はたまた情勢次第では変更があるのか判然としないAPS-Cフォーマットではフォーサーズの方が良心的では無いかと思うのである。

今回の新レンズにF2.0通しと同程度の明るさのレンズを他社が出してくるとしたら見物である。キャノンがもしフルサイズで出してくればそれこそ、普通の一眼レフユーザーとは無縁の性能と高価格であろう。ニコンは如何に。自社のフラッグシップEOSや、F6と共用できないEF-Sや、DXマウントでこういうレンズを作ってくれるだろうか?

フルサイズで作られれば、多くのニコ、キャノデジ一眼ユーザー(APS-Cフォーマット)には不要の広大なサークルをカバーするための不必要な大きさと、価格を受け入れなければならないだろう。キャノンをのぞき、35ミリデジタル一眼レフの筐体を使いながらもその実中身はAPSのフォーマットのデジタル一眼レフなのであるから。

古いレンズ資産の上に、積み重ねているユーザーは幸せである。しかし、新たなユーザーでまじめにデジタルの特性を考え、DXやEF-Sのレンズを買っている人は不幸である。このレンズ群たちが、各社のフラッグシップ機の装着レンズにならない限り、最高の性能が惜しみなく注がれる保証は無いのである。
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# by Hiro_sakae | 2005-02-01 00:26 | E,Pen-system関係
2005年 01月 30日
E-system レンズの妄想
現在、私はE-300についていたレンズと、後は同時に出た望遠ズーム、それと14-54/2.8-3.5を持っている。後は、今回の移行でOMを整理した際に手元に50/3.5マクロと100/2.0を残し、これにそれぞれアダプターをはめっぱなしにしたものがある。マクロは私が標準以外に初めて求めたズイコーのレンズ(厳密には一度手放し、また買い求めたもの)と100ミリは一番最後に戦列に加わったものである。

1月に入り、フォーサーズ陣営の一角であったパナソニックがオリンパスと提携し、ついにパナソニックの一眼レフ参入がアナウンスされた。これによる影響、期待は既にネット上のあちこちで話題になった。

私的にはやはり、パナソニックがLUMIXに例外なく採用しているライカレンズの存在が一番気になる。おそらくコンパクト機にライカブランドを採用しながら、フラッグシップ機に突然LUMIXブランドのレンズも考えにくいのでやはり来春にはライカブランドのフォーサーズレンズが誕生というのが妥当なところであろう。

そうなると、期待したいのはシグマである。シグマもコシナさんのMマウント宜しく、これのフォーサーズ版が出来ないだろうか。陣営の中のコダックのエクターあたりの復活をお願いできればと思うのである。

後は、そうなるとフォーサーズ陣営でボディ制作を表明していないメーカーは(コダックを別にして)富士フイルムであろう。ここでは、S3proのフォーサーズバージョンでお得意のベルビア調とかが楽しめる様になれば嬉しいし、レンズは是非EBCフジノンを出してもらいたいものだ。

この辺までの現陣営で可能な部分だけでも、合体すれば、シグマ、富士、パナ、オリ(コダック)のそれぞれ個性豊かなCCDが味わえるボディが揃い、レンズもズイコー、ライカ、エクター、シグマ、フジノンあたりが揃って、それぞれが乗り入れ可能となれば、とても嬉しいと思うからだ。

要は、この際過去に縛られている、キャノン、ニコン、ペンタックス、ミノルタ以外のメーカーがみんな集えばいいのである。まず、考えられるのは京セラさんのCONTAXブランドである。これがくれば、ライカに加えてツァイスも参入となる。

とにかく、こういう妄想はどんどんふくれてしまう。困ったものである。
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# by Hiro_sakae | 2005-01-30 12:31 | E,Pen-system関係
2005年 01月 30日
E-system の本気 その2
思えば、元々のオリンパスの一眼レフはハーフ判のPenFTであり、これがなくなり、35mm判のOMとなり、次にE-systemである。

小型軽量のシステム(そう、カメラだけでなくレンズ等も含めた軽量小型)を良しとする当社の思想から考えれば、当時実用ぎりぎりのハーフ判で一眼レフを作り、この技術の蓄積でより大きなフォーマットでも小型軽量が可能であると見るや、OMで35ミリ一眼レフへと参入した。

ここで、米谷氏がよく話す輸出用の一眼レフを早くという要請でスタートしたことだけに注目するのは、よくないと思う。この要請に対しても当時の設計陣は小型軽量の思想が盛り込まれるまで抵抗したわけであるからである。

この流れで見れば、オリンパスがE-systemで他社に比べ35ミリ一眼レフに通常求められる画質の性能を維持するためのぎりぎりの小さなフォーマットを選択したのもうなずけると思うのである。

また、企画倒れになるのではという危惧がありながら、ようやくこれが解けてデジタルへ進もうと思ったのは、今回のE-systemが他社が単純にオートフォーカス一眼レフがフィルムからCCDになりましたというものでなく、かつてのオリンパスのPenFTから、OMへ飛んだときの様な、当社の屋台骨を支えるフラッグシップのフォーマットをハーフ判→35ミリ判へ替えた様な一大転換の位置づけでこのフォーサーズに変えたからだと思うからだ。

つまり、他社の一眼レフの多くは今の形になる段階で当初のマウントから何度もマウントを変えたが、基本的に35ミリ判というしっぽを引きずっている。

しかし、オリンパスは元々、ペンマウント、OMマウント、フォーサーズマウントとマウントが変わるがこれは、すべてフォーマットの変更にあわせての変更である。ハーフ判、35ミリ判、フォーサーズとすべてそれぞれのフォーマットに最適のマウントを採用しており、それぞれのフォーマットに対しては唯一のマウントしか持っていないのである。

他社がまず、35ミリ判フィルムがベースにあり、それに機能を盛り込むためにマウントが変わる(または改良)のに比べ、オリンパスの35ミリ一眼レフは、厳密に言えば35ミリ一眼レフ的なもの(一般個人が気軽に持ち運びでき、システムの拡張性があり用途によりプロ仕様にも耐えられるカメラ)である。

上記を将来的にコミットできるとなれば、フォーサーズでは無いかと思うのである。画素数もフォーサーズでは1600から2000万画素が限界であると言われている。でも35ミリ一眼レフ的サイズ、仕様用途ならそれで十分ではと言うのがオリンパスの考え方であろう。

事実、2000万画素以上の高画質を狙うなら、何も35ミリフィルム一眼レフの形にこだわらず、マミヤ他の中判デジタルを使ってくださいと言う感じであろう。

そういう意味で、今回のフォーサーズはPenFT、OMに次ぐ3回目の大変革であると思う。どうなるかはわからない、時代も違う。しかし過去このフォーマットとマウントの変革を伴った際、市場特にプロの方、アドバンスドアマチュアの方は好意的でなかった。曰く「ハーフ判で一眼レフで作品が作れるのか」曰く「OMは、華奢で本当に耐久性はあるのか」曰く「アマチュアリズムの極致」「高校写真部御用達カメラ」、、、

今、いえることはPenFTもOMも名機としてその名を残し当時商業的にも成功を収めた。いずれも後の名声と、一般的な支持を得、過去失敗は無い。

この流れをくみ、当社自身が本気というE-systemである。そして歴代一眼レフと共に歩んだZuikoの復活。やはり、これからが楽しみである。
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# by Hiro_sakae | 2005-01-30 11:45 | E,Pen-system関係
2005年 01月 30日
OM707とのトラウマ
オートフォーカス時代に入り、それまで出遅れていたOMの中に登場したのが、このOM707である。グリップ部分の中にストロボが内蔵されていて、「ストロボーグ」なる愛称がついていた。結局、この後この路線ではOM101と言うあろうことか、このAFレンズをパワーフォーカスのMFで動かすと言う訳のわからないものを作って途絶えた。

自分自身は、これを出た直後に買い求め、学生時代よりは多少お金に余裕ができたため、交換レンズも2本買い結構使い回した。しかし、いろいろな私情でカメラに対する興味が薄れかけていたところに後続機も出ず、その後またMFに戻りOM40を買い求めたが、離れていった気持ちを回復するにも至らなかった。

実は、心機一転で、そのころはほとんど持ち出さなくなっていたOM一式を入社10年目の長期休暇の旅行にあわせて処分し、キャノンのEOSに手を出したことがあったが、ずーっとOM純粋培養だった私には、当時のプラスチックなボディになじめないこともあって好きになれなかった。結局、この買い換えでOM機材は私の手元から無くなり、EOSも旅行から帰って使うこともなく、私の生活からカメラというものが、2000年まで無くなった。

話を元に戻そう。
今回、私がE-systemの一報を聞き、非常に興味を覚えながらもすぐに、復活後揃えたOMと決別し、この乾坤一擲の新システムにすんなり乗り換えようと思えなかったのは、OM707の苦い経験があるかもしれない。
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# by Hiro_sakae | 2005-01-30 11:18 | OMとの関わり
2005年 01月 25日
他のラインナップを見るとE-systemは本気
オリンパスは元々はカメラは大衆機からの出発であり、胃カメラをはじめとする医療光学機器という本流があるために、キャノン等のメーカーほどコンパクトカメラから一眼レフまですべてに力を注ぐと言うわけでは無い様である。(これは別に、作らなくなると言うわけでなく、たとえばコンパクトに力をいれれば、一眼レフがおろそかになるとかそういった意味である。)

古くは、35ミリレンズシャッターからペンが誕生した後、ハーフサイズカメラが衰退するまでPenシリーズ以外の35ミリ判のコンパクトカメラはほとんどめぼしいものが残っていない。しかしながら、PenFT以降、Penが過去のシリーズのマイナーチェンジ番で生きながらえる時代から、OMが立ち上がりはじめのこの時代には、35SP,35RCとコンパクトカメラの名機が誕生し且つ、機種が増殖している。

一転、今度はOMが爆発的に売れ出すと唯一の例外XAをのぞき、OM一色となる。OMがOM4で頂点を極め、その後OM707でこけ、交換レンズなしの一眼がこけてしまうと、今度は一転ミューシリーズが誕生。以降1990年代のオリンパスのカメラと言えば本業回帰と言うかこのミューシリーズ一本で食っていた様なものである。

逆に言うと、いつもコンパクトか一眼レフのどちらかが不振になれば、どちらかでヒットが出てと言う繰り返しである。

デジタルカメラも、コンパクトでスタートし、中だるみの時にE-10シリーズの一眼でつなぐ間にデジタルミューとCシリーズが爆発。しかし、価格低下で赤字の中でのE-systemである。

また、相前後する様に、海外のオリンパスでは新機種も出ているものの日本ではC-5060の後継も、出る様子はなく、8080もこの機種で終わりそうである。加えてミューもミニと40の2機種に整理されている。

これらのことを総合すると、オリンパスは(少なくとも日本の本体の開発陣は)相当にE-systemシフトがしかれているのではと勝手に期待する次第である。

銀塩ミューが、XAの進化形だとすれば、デジタルミューはその更に進化形である。
願わくば、この新世代デジタルミューと、E-systemがかつてのOM&XAの様なコンビになってくれないかなと思うものである。

コンパクト部門が、このミューと後は廉価版のXが1機種位に思い切って絞られれてくるとE-systemの本気度は本物であると思うのである。
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# by Hiro_Sakae | 2005-01-25 00:38 | E,Pen-system関係
2005年 01月 25日
マクロレンズを買ったとき
その後、大学を卒業し会社勤めになってすぐ東京に出てきた。上京して2年ほどは社会人生活に慣れるのに精一杯で、せいぜい会社のイベントや宴会の時に写真係として動員がかかるぐらいでぶらぶら写真を撮るという生活からは離れていた。

転機は、入社して3年目の時に訪れた。当時勤めていた会社の上司の課長さんが冬のボーナスでミノルタのα7000と言うオートフォーカスカメラとズームレンズを購入したのだ。
その日、課長は夕方我慢しきれない様子で「いいものを見せてやる」と私を誘って、誰もいない社員食堂に私を連れて行き、包みを開けた。

こういうカメラが世の中で発売されたというのは当然知ってはいたが、いわゆるカメラ雑誌なるものをほとんど読んでいなかった私には、じーっじーっと音を立てながら焦点が合う事にはびっくりしたものの、課長がいうスペック等のすごさが今ひとつ実感できず、なんとも気まずい雰囲気が流れた。それまで、写真の撮り方なるものは、祖父に教えてもらっていたし、今で言うところの物欲というものがまだ未発達であったのだと思う。

どうせやるなら、勉強しろと言われ半ば強制的に日本カメラという雑誌を読むようになったが、読み出してわかってくると、元々ラジオやオーディオなど機械ものが好きであり、且つこれらが独身寮生活でままならない時期とも重なり、急速にカメラ自体にも興味を覚えていった。

そして、カメラのこと、ズイコーのことも知識が増えていった。そんな中で、私が興味を覚えたのはマクロレンズであった。元々今持っているズームより更に望遠のものは私には必要なかったし、当時は画画自体も自分が前進したり、後退するものとおもっていたので、普段はほとんど不自由を感じていなかったのだが、花や虫とか目についたもので近くに寄るのだけはいかんともしがたく、もどかしい思いをしていたからだ。

ズイコー自体はマクロ関係は他のメーカーと比べても当時ぬきんでており、いろいろな種類のものがあったが、私としては50ミリのF3.5のマクロを買った。これであれば、値段もマクロレンズの中では一番手頃であるし、何より標準の代わりにつければ万能であると思ったのだ。

当時の私には一番廉価のこのレンズでも新品は高いので、中野のカメラ屋で新古品を手に入れた。同じ50ミリでも標準と違い、すり鉢状の奥に小さいれんずがついているのが私には何か特殊なレンズめいて嬉しかった。雑誌の評判も悪くなく、何より、ようやく標準以外のズイコーが手に入ったのも嬉しかった。このときOM10にマニュアルアダプターをつけた。

ただこれだけであったが、当時急速に写真の知識を深めていた頃でもあり、なんだか急にシステムがグレードアップした気がした。そして、程なくして35ミリ/F2.8の中古が戦列に加わった。
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# by Hiro_Sakae | 2005-01-25 00:16 | OMとの関わり
2005年 01月 24日
最初のズイコー交換レンズ
当初、標準レンズとシグマのズーム(確か35-105ミリ)を入手した後この2本で満足していた。一つには当時近くの風景を取りに行ったり、大学の行事のスナップ等にはほとんどこれで対応できたからだ。

途中、写真をやめてしまったときにネガフィルムからほとんど捨ててしまったがその中で唯一残っている旅行の写真のいくつかは、この組み合わせでとったものだ。と言うか、実際のところはクラブのスナップ写真はこのズームを使い、気が向いて近所のお寺や家族の写真を撮るときは標準レンズ一本でこなしていた。

今のように機材云々におぼれることなく、清く正しくただただ、写真を撮ること自体が楽しく感じられていた時期である。結局学生時代の4年間はこのシステムともいえないシステムと後はサンパックのオートのストロボだけで過ごした。でもそれはそれでとても楽しい時代であった。
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# by Hiro_Sakae | 2005-01-24 23:54 | OMとの関わり
2005年 01月 20日
はじめて手に入れたOM10
元々は、小学生の時に当時はやっていた鉄道写真に目覚め、祖父がカメラ好きだったところからカメラを借りて一緒に撮影しに言ったのがはじめだったと思う。

それは、結局中学2年にあがる頃まで続いたが、その後高校時代は中断。大学受験を終え再び写真に戻った。そしてこのとき初めて自分の一眼レフというものを買おうと思った。

私が大学に上がる頃は既にオリンパスのOM1が登場して数年たっておりカメラも小型化されAE等が導入された初心者向けの一眼レフが各社から登場していた。正直なところそのときもし私のバイトでためたカメラ購入資金がもう少したくさんあれば、私はキャノンのAE-1を買いキャノンファンになっていたかもしれない。

少し、AE-1では高くて、次というと当時は一眼レフのコマーシャルというのがテレビでも頻繁にあり、宮崎美子のCMのミノルタか、後メーカーは忘れたが早見優の宣伝していたものかもしくは、大場久美子のOM10あたりであった。

結局、私は祖父に連れられて、大阪の日本橋界隈のカメラ屋さんに行き、OM-10ブラックの標準レンズ(50/1.8)付と、少し浮いたお金で純正のZuikoが手が届かないために、シグマの標準ズームを買い、革ケースと、おまけにハンタータイプのワイドストラップをつけてもらった。

比較検討した結果、OMの軽量な部分等メカニックに惚れたと書きたいところであるが、その実は当時私が大場久美子のファンで、そのときについていたノベルティにつられたというのが
私のOMとの出会いとのお粗末な真相である。

こうして、1980年の夏、私とZuikoとのつき合いはOM10と共に始まった。
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# by Hiro_Sakae | 2005-01-20 00:35 | OMとの関わり
2005年 01月 19日
フォーサーズのOMアダプタが来ました。
昨日、オリンパスからフォーサーズのOMアダプタが届きました。購入して保証書のコピーを送るとE-1と同じように無償でもらえると言うことで依頼していたものです。
実は、E-300の発表された頃、オリンパスのHPからE-300でもこのサービスはあるのかと質問をしたのですが、その際には「予定は今のところわからない」でした。

発表後もHPには特にアナウンスが無かったので、我慢できずネットで同アダプタを購入した後、今でももらえることを知り今年になって応募しました。到着まで1週間ぐらいです。(まだ、あるみたいです)

しかし、このアダプターは当初生産の3000個分が余っているので引き続き配っているようです。OM使いでも、これはいらないと思っているのか、使える代物では無いと思っているのか、はたまたそもそもE-System自体にまだ移行される人がいないのか、複雑な思いです。

と言うわけで、結局私の手元には二つのアダプターが来ました。
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# by Hiro_Sakae | 2005-01-19 06:03 | アダプター沼関係
2005年 01月 19日
はじめまして
 はじめまして、Hiro_Sです。
ごくごく、普通にカメラが趣味で、またオリンパスがなぜか好きです。
とはいえ、学生時代からOMを使って30頃に一度カメラ自体を離れ、5年前にまた戻りその際も、すぐにはオリンパスに戻らず結局また戻ったときは3年前の正にOMが無くなるときでした。そして、今年に入りOMに加えてオリンパスのE-300を手に入れました。

世間では、フォーサーズへの期待だけでなく大丈夫?みたいな話、またE-300自体の若干作りがチープなところをあげつらう輩がいますが、OM-707を最後にもう中古はあっても新品のオリンパスの一眼レフを買うことはあるまいと思っていた私にとっては、オリンパスの新製品の一眼レフを買えたと言うことだけで嬉しいです。

また、オリンパスと同時代的にそのときの時代を歩めるのかなと言う思いです。
従って、瑞光のお名前をブログにつけましたが、ある意味僭越で、ただただ自分の思いを昔にもどりつ、果ては飛びつつ書き連ねるのかなと思います。また他のカメラの事や、全く話が飛んでしまうかもしれません。

せっかく、こういう場に書き込みながらとても閉じた場になってしまうかもしれませんが、どなたかの目に触れればなと思います。

では、宜しくお願いします。
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# by Hiro_Sakae | 2005-01-19 00:13