2007年 10月 19日
E-3登場から考えた雑感
 E-3のレビューがこれからより本格化すると思うし、早い話がさわってみないとわからない部分があるので、そういう細かな話でなく今回のE-3のフォーサーズ内での立ち位置等から感じる私の雑感である。あえて、フォーサーズの思想カテゴリに入れてみた。

(本題と関係ありませんが)
ここのところ、あまりにコメントが多いのと私の仕事の都合で新しい記事を書くのが精一杯で満足にコメントにレスがつけられず申し訳ありません。気にせずコメントされた方同士でわいわいやって頂いて結構ですし、くつろいでもらえると私も嬉しいです。




 大方のスペックは予想されたとおりであったが、段々わかってきたのはE-3が予想以上に作り込みに関しては現行のオリの出来るありったけを投入したようであること、そして重量が思ったより重いことの2点である。特に重量に関しては、象徴的だなと思ったのは現行フルサイズDSLRの最軽量機?であるEOS5Dと同じであると言うことだ。

 私は、従来の35ミリ一眼レフシステムの代替をデジタルでと考えた場合、筋論としては
・ハードの継承→35ミリ一眼レフのデジタル化→フルサイズ
・小型機動性等ソフト面の継承→デジタルカメラの一眼レフを一から→フォーサーズ
があり、そしてそれぞれのフォーマットの大小等から来るメリットデメリットがこの二つのフォーマットなら保管しあえて、二つ併存する意味もあると書いた。

 そう言う意味では、まず重量面で今回フォーサーズの最重量機と、フルサイズの最軽量機がここで交わったのは象徴的であるなと思ったのだ。恐らくここはもう少し幅を持ってクロスオーバーするだろう。フルサイズの最軽量も下がって、この重量750~820グラムぐらいのゾーンがフルサイズと、フォーサーズの分かれ目になるのではと言う気がした。
  また、かねてからDSLRが35ミリ一眼レフの代替を目指すのであればフラグシップ機以下20万円前半以下で収まるべきであると書いていた。35ミリ一眼レフとは性能と価格のバランスがとれて普及する数が他のハイアマ向けカメラとは桁数が違う。これを代替するにはただ単に性能が良ければと言うのでなく、ある程度の価格レンジをそうていすべきだと思ったからだ。そう言う意味では、今回のE-3のあれだけの作り込みと、二強比格段にすくない生産数の中で今回の価格程度に収めたのは良かったのでは無いか?たかがカメラとしては安いものではないが、E-410や510からステップアップするユーザーが将来手の届かないものでもない。

--------------------

 他社が普及型から、ハイエンドまでをフォーマットを変えると言う戦略はある意味理にかなっている戦略でもある。しかしその結果ハイエンドフルサイズと、普及型では同じシステムと名乗れるのかと言うぐらいの差が出来ている。お商売上としてはこの方が理にかなっているのかもしれない。値段に応じて撮像素子のフォーマットから違うのであるし、それぞれ最適化するレンズとなると価格は更に広がる。高いボディを買えば、質の良い画像が出るというのはまあ、それはそれで理屈として通るかもしれない。しかし、これはDSLRになってからの理屈というものだ。

 本来、フィルム一眼の時はフィルムと言う土俵が同じで乱暴に言えばOM-4だろうがOM-10だろうが、同じフィルムで同じ絞り、シャッター速度で撮れば同じ画質の写真が撮れるものだ。だからといって、OM-10よりOM-4の方が値段が高いのは納得がいかないと言う人もいなかったはずだ。カメラの価格差は露出機能であったり、シャッター速度や、耐久性堅牢性等の「カメラとしての出来、使いやすさ」の差であって、OM-10とOM-4のユーザーの間にそういった作り込みによる価格のさはあれ、得られる画質には差がなかったのである。

 フォーサーズも、基本的にはここを踏襲している。もっとも今は撮像素子が発展段階であることや、画像エンジンも改良途上であるので厳密にはリリース時期等に差があるだろう。しかし、究極的にはフォーサーズはベストバランスの理想というものが見つかればこのフィルムの部分は「同じフォーマット、同じ画素数、同じ画像エンジン」にフラッグシップから普及型まで収斂するはずである。いわゆる画質的な部分、フィルムの部分は同価値になるはずである。

------------------------

 従って、E-3とE-410の差はあくまで、ボディに求めるもの(付加機能や、それぞれの作り込みや、軽さ優先、堅牢優先等)の差異による価格差に収斂するのが理想だ。いわば、ZDの松竹梅の差と言えよう。

 ZDの松竹梅の妙は、それが単に価格差による松がすごくて梅がしょぼいというグレード分けになっていないところだ。松はコストがかけられる分重いがフォーサーズの限界まで挑戦している。一方で梅はコストがかけられない分軽いレンズとなるが、梅になって逆手に取ったと言うべきか、軽くてしかも超小型なズームという武器を得た。そして、それの中間に防塵防滴の竹を備えた。それぞれの価格差はあるが、ZDで最低満たすべき性能の上に、松はその性能の限界に、梅は小型軽量の限界に、竹はそのウェルバランスの限界に、それぞれがフォーサーズのZDに求められる限界を拡大するために必要であるという意義では上下の差が無く同価値といえる。

 今回、E-3は上で行けばいわば現行のオリに出来るボディの松版、E-410、510はボディの梅版だ。そこにある価格差は機能のてんこ盛りの度合いの差でありそれぞれのポジションでフォーサーズの性能、特徴のフロントエンドを拡大したという意味では同価値である。フォーサーズ貢献度としての上下は無いと言うところだろう。従って、ただ単にE-3の重量を捉えあの重量になるのなら多少何かを削ってでも軽くとかという議論は少し違うような気がする。

--------------------

 と、ここまで書いて気がついた方はいるだろうか?私はレンズの松竹梅に呼応するものとしてE-3を松、E-410,510を敢えて梅とした。私は今回のE-3の作り込みと立ち位置から見るとやはり、E-3,E-510,E-410で松竹梅に呼応するというのは無理があるような気がした。ZDの竹に相当する部分のボディがやはり必要ではないか?

 レンズで松まで入らない竹で十分という層があるように、このE-3と三桁機の間にもうひとつスペースがあるような気がする。そして、それに何か絶妙のバランスを持たせるか或いは何かボディとしてフォーサーズらしいフロントエンドの拡張をもたせられるのではないだろうかと思った。

 最後に、私はこのフォーサーズの持つ一種のクラスレスの様な雰囲気が好きだ。それぞれのニーズや、使い方に応じて使うボディやレンズが違えども、価格差はあっても上下はないという考えだ。
[PR]

by hiro_sakae | 2007-10-19 00:03 | four thirdsの思想


<< 敢えて公開されていない、Epi...      E-3発表になりました。&レス... >>